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マザー・テレサ

2006年06月09日 21:53

マザー・テレサ デラックス版マザー・テレサ デラックス版
オリビア・ハッセー ファブリツィオ・コスタ ラウラ・モランテ

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私は、実際のマザー・テレサをTVの映像や写真でしか見た事が
ないけれど、オリビア・ハッセーは私の抱いているマザーの
イメージとは違っていました。
しかし、オリビアの憂いを含んだ悲しげな瞳は、マザーの
内面の苦悩を醸し出していて、とても良かったと思います。
若い頃から晩年までを特殊メイクで演じているのですが、
腰の曲がり具合とか、しわの刻まれた表情とか、とても
同一人物とは思えないほど時間経過の表現もよく出来てました。

DVDには、イタリアの特集TV番組が収録されていて、
その中では、本編に含まれて居ないシーンも観られました。
カットされちゃったのかな?
特殊メイクでオリビアの鼻を作ったりする様子も見られて、
特典映像も面白かったです。

マザー・テレサは、私の最も尊敬する人物のひとりです。
彼女のような人間が居るからこそ、私は人間という生物に
絶望しきらずに、希望を見出す事ができるのです。
恥ずかしながら凡人の私には、マザー・テレサについて
語るに言葉を多くは持ちません。
しかし映画の中でマザーが言った
「私の行為など大海の中の一滴に過ぎません。
でも、行動しなければその一滴も消えてしまう」
という言葉はとても印象的でした。
自分のような小さな人間には、それこそ本当に一滴の小さな
善行を心がける事くらいしかできません。
でも、そのことを「私になんて何もできないんだ」と嘆くより、
その小さな小さな一滴を消さないように心がける事こそが
何よりも大切なのかもしれない、と思わされました。

しかしいくらマザー・テレサが人々の為に行動しても人から
反感を買ったり悪意を持たれたり、利用されたりする場面も
あって、どんなに良かれと思っても全ての人が受け入れて
くれることはないのだとも痛感しました。
でもそんな人生を選んだマザーと、そして彼女の意思を継いで
昔も今も活動している名もない人々に対して、敬愛の念を
抱かずにはいられません。


コメント

  1. 加納ソルト | URL | -

    私はマザー・テレサのことをよく知りませんが、慈悲深い人というイメージです。
    そんな彼女に「私の行為など大海の中の一滴に過ぎません」と語らせてしまう世界は少し悲しいですね。

  2. sapphire | URL | GCA3nAmE

    マザー・テレサは「自分は神様の握る小さな鉛筆です」とも
    言っていました。
    多分、小さな一滴に過ぎませんというのは彼女の謙虚さであり、
    でも彼女はその「小さな事」を実行するのを何よりも
    大切にしていたようです
    彼女のような人がいる反面、どんどん世界は悪い方向に
    傾いている気がします。私にはそれが悲しいです。

  3. BlogPetのゆるり | URL | -

    きのうゆるりが、sapphireはラが希望するつもりだった?

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NO.132「マザー・テレサ」(伊・英/ファブリッツィオ・コスタ監督)

「愛の反対は憎しみではなく無関心」と、マザー・テレサは確信する。 この映画は、伝記である。伝記を見るときには、その生涯の年譜をみることで、全体をまず俯瞰することができる。生まれてから、死ぬまで、彼ないし彼女を成立させている「核心」になるものが、きっとある

世の中は悪意に満ちている

ばかばかしいけど、事実。 マザー・テレサは、私の最も尊敬する人物のひとりです。 彼女のような人間が居るからこそ、私は人間という生物に 絶望しきらずに、希望を見出す事ができるのです。 恥ずかしながら凡人の私には、マザー・テレサについて 語るに言葉を多くは持ちま



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